お前、ワシの家を知らんのか!と怒り出す。

飲み屋街で、50歳くらいの男を一人乗せた。
「どちらまででしょうか?」と言うと、
「ワシの家まで。」
と言う。

「えーと・・。すいません、ちょっとご案内していただけますでしょうか?」
と聞くと、
「お前、ワシの家を知らんのか!」
と、怒り出した。
「はぁ、すいません。なにぶん初めてお会いしましたものですから。」

「ワシはいつもお前んところの会社のタクシーに乗るんじゃ! もう何十回となく乗っとるのに、ワシの家を知らんとは、お前モグリか新人か! 会社はどういう教育をしとるんじゃ!」

「いや~・・。モグリではないんですが、まだ新人の部に入ります。」

本当は10年以上やっているのだが、揉(も)め事になりかけたら、いつも新人で通している。

「ちっ、まあ、ええわ。一回行ったらよぉ覚えとけよ。ワシはお前んところの会社しか使ってないんじゃ。言ってみれば上得意様じゃ! 今度出会って家が分からんとか言ったら本気で怒るぞ!」

そう言って一応は道案内してもらって、その男の家にたどり着いた。要するに、自分はいつも同じ会社のタクシーを使っていて、しかも何十回となく乗っているわけだから、その会社の全ての運転手が自分の家を覚えているのが当たり前、と思っているようだ。

確かにそういう考えも成り立つといえば成り立つ。

あれからもう数ヶ月が経った。怒られたことだけはよく覚えているが、家は方角さえも忘れてしまった。多分向こうも自分のことを忘れているだろうから、もしまた出会っても新人で通せるだろう。

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