マンションの一室に監禁される。

一件終わって、繁華街へ帰っている最中、無線配車で、あるマンションの一室に迎えに行くように指示が来た。
部屋の番号は101号室で、
「部屋に着いたら101号室の呼び鈴を押してくれとのことです。」
と、無線室から言われた。

2~3分走ってそのマンションに着き、101号室まで行って、言われた通りピンポンを押した。
すると中から出てきたのは、小柄な体型で、いかにも「昔ワルだった」というような顔つきと髪型の、中年の男であった。

「お世話になります。〇〇タクシーです。すいません、お待たせしました。」

と挨拶すると、

「おう!来たか! まあ、あがれいや!」といきなり家の中に入るように言われた。てっきりすぐに乗って出かけるものかと思っていたのだが、まあ、お客の言うことだから仕方ない。言われる通り家の中にあがることにした。

部屋の中に入ると座布団を持ってきて
「まあ、座れ。」と言う。

座布団に座ると、その男も向かいあって自分の前に座った。横にはテーブルが置いてあって、コップと焼酎が置いてある。どうやらさっきからここで飲んでいたらしい。

コップに焼酎をつぐとチビチビと飲み、

「お前、北朝鮮のこと、どう思う?」

と、いきなり質問をされてしまった。

「え・・いや・・どう思うと言われましても・・どうなんですかねえ・・。」

と適当に答えると

「ワシが意見を聞いとるんだろーがっ!! さっさと答えいや、お前!!」

と、いきなり怒りだした・・なぜ?

「北朝鮮はやっぱ許せんのぉ~~、そう思うだろ。」
「はあ、まあ・・。」

北朝鮮の問題から入って、ここから延々と演説が始まった。話のメインは自分の昔話である。それも、誰とケンカをしたとか、2対1で勝ったとか、昔、刺青(いれずみ)入れるように勧められたとか。

年は43歳と言っていた。話の内容は、まるでツッパッた中学生のようだった。

一通り話が終わると
「お前、ちょっと構えてみい。」と言って、ボクシングのファイティングポーズをとらされた。

「ダメや、ダメ。これじゃ下がガラあきだろーが。下からパンチ入れられたらどうするんや。もっと脇を閉めて、どこをガードすべきか、よお考えてみぃ。」

その後はケンカのテクニックとパンチの放ち方の講義が始まった。

要するに、タクシーに乗ろうとして一台呼んだのではなくて、話し相手が欲しかったから一台・・いや一人呼んだのである。

更に話を聞くと、酒の飲み過ぎで肝硬変になって会社を退職し、今は生活保護を受けて、一日中酒を飲んで生活しているらしい。

お客でないことが分かったので、話の途切れた時に

「すいません、じゃ、自分はそろそろ仕事に戻りますので、失礼させていただきます。」

と言ってその家を出ようとしたところ、

「わりゃ、どこ行くんじゃあ!」

と、また怒りだした。

「ちょっ待て。ええモン見せてやろう。別に見せるつもりはないんじゃが、わしゃあ敵が多いけんのぉ、いつ敵が襲って来てもええように、ちゃんとこういうモンも用意してあるんじゃ。」

そう言って布団をめくると、下にはナイフが隠されてあった。刃渡り20cmくらいであろうか。ナイフを鞘(さや)から抜いて、ビッとこっちに突きつける。

「これがまた、よぉ切れるんじゃ。」

ようするにナイフで脅して、もっとこの部屋にいろってことですか。

・・・などと最終的に無事に帰ってきたから、今ではこういうのんきな表記が出来るものの、実際にこの時はビビリまくってしまった。

「こいつならマジで刺すかも・・。」

と思うとうっかり背中を向けられない。それで自分が座るとまた話が始まった。今度は人間関係における礼儀についての話だった。

話が途切れるたびに、「じゃ、そろそろこの辺で・・。」

と言って部屋を出ようとするだが、そのたびにナイフが出てくる。このままではいつまで経っても帰れない。

だが、やっとチャンスが訪れた。その男がトイレに立ったのだ。

「帰るなよ。」

と言い残してトイレに入ったが、ここまで付き合わされてそんな忠告を聞くわけがない。

トイレには「大」をしに入ったようだ。

「ええか、人間、うんこをしとるときが一番無防備なんやでぇ。こういうときでもワシは武器を離さんのじゃ。」

といったことをしゃべり始め、おそらく便器に座ったであろう瞬間を見計らって

「じゃ、すいません、お邪魔しましたーっ!」

と言い残して、すぐに玄関に向かい、ソッコーで靴をはいて走って逃げた。車に乗ると急発進してやっと振り切った感じがした。

時計を見ると無線を受けてから、すでに5時間半が経過していた。

自分はあの部屋に5時間半も監禁されていたのか・・。その間の売り上げはもちろん無し。日報を提出するのがみっともないような数字で終わってしまった。
まあ、何とか生き延びた。

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