お婆さんの姿は消えたが、助けてという声だけが聞こえる。

20時か21時ごろだったと思うが、ある飲食店から70歳ぐらいのお婆さんを乗せた時のこと。
行き先は随分と山の中の集落。道案内してもらって「この道路上に家がある」というところまで来た。

そこは田舎の中でもさらに田舎とも言えるような場所で、街灯がほとんどなく、一応住宅は並んでいるので、ぽつぽつと窓についている明かりが唯一の灯りである。

もうすぐ目的地だと思ってゆっくり走っていたのだが、そのお婆さん

「確かこの辺が家だったと思うんだけど、まだのような、通り過ぎたような・・。」

と、暗いせいか自分の家がよく分かっていない。

「ちょっと止めてもらえますか。降りてみたら分かるかも知れません。」

と、お婆さんが言うので、そこで停まっていったんお婆さんは降りた。

右と左をきょろきょろしてどこかに向かって歩き始めた。カバンは車の中に置いてあったので、場所を把握できたら戻って来るだろうと思って自分もスマホをいじり始めてヤフーのニュースなどを見ていた。

5分ぐらい経った。しかし戻ってこない。

ちょっと気になったので自分も車から降りて辺りを見回してみた。何軒か住宅はあるが、風景の半分は畑と言う感じ。

360度見回してしてみたが動いている人はいない。

「あれ?どこへ行った?」

と思いながらもさらに見回していると、

「運転手さぁーん・・助けてぇぇぇ・・。」

いう声が聞こえてきたような気がした

「何、今の?」

と思って周囲を結構見たがやっぱり誰もいない。

「助けてえぇぇ・・溝に落ちたぁぁぁ・・。」

今度ははっきりと聞こえた。ポケットから懐中電灯を取り出して周囲を照らしみると、自分の目の前3メートルぐらいの所に確かに溝があった。

これがまた田舎の溝だからか、結構幅が広い。1メートル以上はありそう。

その溝の淵(ふち)に近づいて行って下を照らしてみると、いた!

もろにお婆さんが溝の中で仰向けにひっくり返って、しかもその溝には水深は浅いながらも結構な水が流れていたので、頭からバシャバシャと水をかぶっている。

幸いにも仰向けなっているので、溺れ死ぬということはない。

写真は現場の溝ではないが、これよりもっと深かった。溝の両サイドは地面である。

とにかく助けないと。

自分も溝の中に降りたが、地面の高さが胸の辺りだったので、深さは1.2メートルぐらいではないかと思う。

とりあえずお婆さんの手を引っ張って起こして後ろから抱きついて、右手をお腹にまわし、左手でお尻を下から押して上に持ち上げた。

お婆さんの両手が外の地面に着いたので、今度は両手でお尻を押して溝の外と押し出した。

これで触られたとかセクハラとか言われたらたまったものではないんだが、その点は何も言われなかった。

その後自分も溝から脱出したが、靴の中はずぶ濡れ、後ろからお婆さんに抱きついたのでネクタイもカッターも水びたしで泥がべっとり。

改めてお婆さんに「家はどの辺ですか」と聞くと、もうちょっと先の方だと言う。

お婆さんはここで降りますとは言ったが、そういうわけにもいかないので、

「いや家の前まで行きますよ、乗って下さい。」と再び車に乗せた。

ようやく家の前に到着してお金を払ってもらったのだが、財布は車の中に置きっぱなしだったカバンの中ではなく、どうやら持って出ていたようだ。

だから財布もずぶ濡れ、中に入っているお札もずぶ濡れだった。

一応タクシー料金と別に「とっておいて下さい」と余分に3,000円もらった。

お婆さんが降りた後は、当然後ろ座席の足元もシートもビシャビシャ。自分もビシャビシャ。

とりあえず会社に帰ってシートを変えて足元を拭いて、自分も家に帰って着替えてこなくてはいけない。

えらい時間も手間も使わされたが、一応人命救助もしたし3000円ももらったし、それで良いということにしておこう。

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